キャンパスライフ

甲子園人物列伝_01. 高飛び込み競技選手 寺内健

甲子園人物列伝 「寺内健」

  • 01
    高飛び込み競技選手
    寺内 健[Ken TERAUCHI]
  • 1980年8月生まれ
    兵庫県宝塚市出身 人間文化学部卒業

母親に連れられ生後6か月でスイミングスクール(JSS宝塚)に通い、小学5年から飛び込みを始めた。中学2年で日本選手権高飛び込み優勝。96年アトランタから4大会連続で五輪出場、甲子園大在学中のシドニー大会(2000年)同5位。01年の世界選手権3㍍板飛び込みで銅メダル。2009年引退したが、2011年現役復帰。2015年世界選手権9位となり、2016年リオデジャネイロオリンピックで5度目の代表に選ばれる。ミキハウス所属。

飛び込みをはじめたきっかけ

自宅近くに名門のスイミングスクールがあって、物心つく頃にはそこに通っていました。約9 年もの間は、ずっと競泳をやっていたんです。ところが、競泳ではなかなか思うような成績を残すことができず、小学5 年生の時に飛び込み競技への転向を決意しました。そのスイミングスクールには飛び込み用プールがあったこと、日本代表を育ててきた優秀なコーチがいたということ、そんな偶然がボクの気持ちを後押ししてくれました。 ところが転向後も、決して順調というわけではなかったんです。というのも、高飛び込みは危険な競技ですから、当然ながら未経験者は基礎をしっかりとやらされるんです。競泳時代に端から見ていた「華やかな飛び込みの世界」とはかけ離れた、地味な練習の毎日。当時まだ11 才でしたから、基礎の重要性もあまり理解できていなかったこともあり、相談相手の祖父にはいつも「辞めたい」と愚痴を言っていましたね(笑)。

自信と誇りと祖父の言葉

そんなつらい基礎練習の毎日を乗り越えて、本格的な飛び込みの練習ができるようになると、少しずつ気持ちも前向きになっていきました。そして、その気持ちに比例するかのように記録も伸びていき、転向後わずか3 年(中学1 年時)でジュニア大会優勝の成績を手にすることができました。そしてこの時、祖父から意外な言葉をもらいました。ずっと、「辞めるな!」と励ましの言葉を送り続けてくれていたあの祖父が、はじめて「辞めるか?」と言ったんです。ずっと苦しんでいたボクが優勝という結果を出したことで、祖父も達成感を得られたのでしょう。しかし、この時のボクは飛び込み競技への自信と誇りを手にしていました。「もっと上をめざしたい、世界の舞台を経験してみたい」。そして何より、今まで応援してくれた祖父に、想像を超える結果を出してもっと喜ばせてあげたい。そう思ったのです。ボクは祖父に「飛び込みを続けたい」と明言しました。今、思えば、ここからが飛び込み選手としての真のスタートだったのかもしれません。

高飛び込みをする寺内健さん

3度のオリンピックを経験して

それからのボクは、国内大会で優勝を続けるほどの成長を遂げました。そして、この成長ぶりを評価され、高校2 年時に、遂にアトランタオリンピックへの出場権を得ました。アスリートの誰もが憧れる最高峰の舞台への挑戦権を得たことは本当に嬉しかったですね。ただ、この時点ではオリンピックに参加すること自体を目標にしていたこともあり、結果は高飛び込み競技で10 位。まだまだ、世界の第一線で通用する実力ではないということを思い知らされました。しかし、オリンピックを実際に経験したことで、オリンピックでメダルを獲るというリアルで明確な目標ができたんです。その目標が励みとなって、3 大会連続でオリンピック出場を果たすことができました。2 度目のオリンピックとなるシドニー大会では、高飛び込みで男子史上最高位となる5 位、板飛び込みで64 年ぶりの入賞となる8 位の好成績を残すことができました。しかし、さらに上をめざした続くアテネ大会では、板飛び込みで8 位と不本意な成績で終わってしまいました。もちろん、ボクの目標はあくまでメダル獲りですから、このままでは終われません。北京大会に出場して、絶対にリベンジしたいと思っています。

応援してくれる人たちのために

ボクは宝塚という街がとっても好きです。自分が生まれ育った街であるということはもちろん、人と人とのつながりを大切にする風土や、飛び込みプールがあるような名門スイミングスクールがなければ今の自分はなかったと思っています。だからこそ、これまでもこれからも、この宝塚を拠点にし続けたいと思っています。実は、高校時代にオリンピックに出場したこともあり、大学に進学すると決めた時には全国の大学から多くのオファーをいただきました。しかし、地元の大学に通いたいという思いから、甲子園大学を選びました。甲子園大学は決して大きな大学ではありません。でも、それがかえってボクには良かった。海外での試合や練習で講義に出られない時があると、ノートを貸してくれた友人たち。大学院への進学の際など、親身になってアドバイスしてくれた先生たち。寺内健さんアップ卒業した今でも、その人たちが中心となって私を応援する後援会を運営し続けてくれています。ケガで練習ができず苦しんでいたとき、大学で勉強していた心理学も少なからず役に立ちました。甲子園大学に進学したボクの選択は、正かったと確信しています。だからこそ、甲子園大学の皆さんに、そして宝塚の皆さんに喜んでもらえる結果を出して恩返しをしたいと思っています。2 年後の北京オリンピックでメダルを獲るという夢に向かって、ボクは今日も宝塚で楽しく頑張っています。

  • おまけ
  • 寺内健が教える「飛び込み」観戦のツボ
オリンピックの飛び込み競技としては、3 メートルの高さから飛び込む「板飛び込み」と10 メートルの高さから飛び込む「高飛び込み」があります。ボクは「高飛び込み」の方はすでに引退していて、アテネ大会に続いて、次の北京大会でも「板飛び込み」一本で勝負します。どれだけ難しい技を演技に組み込むかで難易率というのが決められていて、あとは審判の判断で空中の姿勢や入水などを10 点満点で評価。この点数に難易率をかけた得点で順位を競います。テレビ観戦するみなさんが一番わかりやすいのは、入水する瞬間の" 水しぶき" です。トップの選手ほど、この" 水しぶき" があがりません。ナイフが水に突き刺さるように" ズボッ" という感じですね。そういう視点で、いつかボクの演技をぜひ見てくださいね。